機会の平等と結果の平等。すべての人が自己実現を目指せる社会を。


ども、沖縄SUNです。

早いもので4月ですね。新年度がスタートです。といっても、コロナウィルスの影響で入社式や入学式などの延期があり、なにかどんよりした感じがあります。すっきりしませんね。

さて、最近色々考えることがあって、平等な社会ってどのような状態をいうのだろうかということ。
職場の上長から、障がいのある人たちが仕事で活躍するためには何が必要だろうかという話があり、意見交換をさせていただきました。

今の社会は、資本主義と民主主義です。

マジョリティ(多数派)がマジョリティ(少数派)に勝ってしまう社会ともいえるかもしれない。マジョリティである障害のある方が仕事で活躍するにはどうしたらよいか。

資本主義では、成果を挙げること、そして、その成果を効率的に挙げること、
生産性の高い人物が求められています。

生産性で考えると障害のある方には不利な状態になるというのが、上長のお話しでした。そこで、生産性以外の部分で評価できるものはないか、そこを考えていきたいとのことでした。
生産性以外で私は人を評価すると考えると、企業が売上と生産性を重視しないという方針を出さないといけないのではないかと思うんですよね。そんなことありえるかと思うのです。

以前、堀江貴文氏がベーシックインカム(以下BI)について書いた記事を読んだことがあります。それでは、能力が高くない人や仕事したくない人は仕事せずBIで生活すればよい。そして、働きたい人がとことん働けばよい。その方が企業としても生産性を高めることができる。
引用元⇒https://ameblo.jp/takapon-jp/entry-10308808731.html

アファーマティブアクションという言葉があり、
これまで差別を受けていた人たちの機会を均等にするための取組みがあります。

アファーマティブ・アクション

しかし、その取組も逆差別になるのではないかといわれています。

話は変わりますが、ファクトフルネスという本があります。
その本では、減り続けている16の悪いこと、増え続けている16の良いことがあげられ、世界は良い方向に進んでいるというファクト(事実)が紹介されています。
障がいのある方の支援も1970年代まで沖縄では私宅監置があり、
精神障がいのある方は、治療ではなく隔離・監禁を行っていました。

現在、多くの方の力でマイノリティの方が活躍できる環境ができてきていると思います。しかし、だからといって平等な社会が実現できているとは言えないと思います。

私は、能力が高いとは思いませんが、自分のできることで社会の貢献したいと考えています。能力が高くないから会社に必要ありませんといわれると悲しくなります。
私は沖縄で事業展開しているとき、若年者の就労支援をしていましたが、意識していたのが機会の平等です。沖縄市の中学生、卒業後の状況において、進学でもなく、就職でもないこどもたちが、10年間で921名いました。
彼らが義務教育時点での学びをどれだけ得られることができていたのだろうか、
社会に出る前にもう少し学んだ方が良いと思い、高校に進学できる状態、もしくは、社会につながって支援を受けられる状態を作っていました。

私たちにできることは、結果の平等ではなく、機会の平等ではないかなと思うのです。教育の機会、就職の機会などを作っていけたらなと思い、活動を続けていきます。

すべての人が自己実現を目指せる社会実現を。そして、幸福を夢見て取組むことができる社会になりますように。

※昨日、ブログを途中で終わってしまいすみませんでした。続きは来週書きます。

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