置かれた場所では咲けないかもね


ども、沖縄SUNです。

今日は、土曜日。秋らしくなってきた横浜です。今日は、橘玲氏の「もっと言ってはいけない」からあることを紹介します。

渡辺和子氏の著書「おかれた場所で咲きなさい」がベストセラーになりました。発行は2012年なんですね。あれから8年…

橘玲氏は、その置かれた場所で咲きなさいを否定します。

アメリカの文化人類学者エドワール・ホールは、言葉に表現された情報のみが意味を持つコミュニケーションを「低コンテクスト」、言外の意味やニュアンスを大事にするコミュニケーションを「高コンテクスト」と呼び、前者の典型をドイツ語、後者の典型を日本語だとした。この分類を使うなら、刺激に対して敏感な(高反応の)脳は、微妙なニュアンスや複雑な感情を読み取らなければならない「高コンテクスト」の社会に向いているのだ。P221

 

日本人は、刺激に敏感ということ。また、日本人は、脳内のセロトニン濃度が生得的に低いという仮説がある。日本人は、3人に2人が脳内セロトニン発現量が少ないSS型呼ばれるセロトニン運搬遺伝子を持ち、不安感や抑うつ傾向が強いとされている。

ここで、オックスフォード大学感情神経科学センターのエレーヌ・フォックスの仮説ですが、「神経伝達物質に作用するいくつかの遺伝子の発現量が低い人は、良い環境と悪い環境のどちらにも敏感に反応しやすい」とうものを提示しました。

フォックスは、セロトニン運搬遺伝子は「逆境に弱い」脆弱遺伝子ではなく、「可塑的」な遺伝子だと考えるのが妥当だという。セロトニン遺伝子の発現量が低い人は周囲の環境に影響されて反応しやすく、虐待を受けたり周りからの支援を得られなかったりしたときは深刻な負の影響を被るが、その一方で素晴らしい環境に恵まれればそこから大きな利益を引き出せる。P228

ここから、日本人がその人にあった環境で過ごすことができれば、活躍できるということが言えるのです。しかし、周りの人達をみてください。どうでしょう、仕事で活躍していますか。できていない人が多いのではないでしょうか。その理由について、

「高コンテクスト」の共同体に過剰適応した日本人は、世間の評判を気にし、他人から嫌われることを極端に恐れているが、自分が最も高い評価を得られる場所に自由に移っていくことはできない。会社の上司や同僚、部下を選択することはできず、「運命」として受け入れるしかない。中略

 

他人や世間を変えることができなければ、自分が「嫌われる勇気」を持つ以外ない。今いる場所から動くことができないなら、「置かれた場所で咲く」他ならない。だが、残酷なことに「ひ弱なラン」はどこでも花を咲かせられるようには遺伝的に設計されていない。幸福になりたければ、

「咲ける場所に移る」ほかないのだ。

 

日本人の不幸は、遺伝的にストレスに弱いにもかかわらず、文化的に高ストレスの環境を作ってしまことにある。そんなムラ社会の閉塞感の中で、本来はランとして美しい花を

咲かせるべき個人が次々と枯れていく。P237

 

はい、私たち日本人は、お互い縛りあって生きていくムラ社会にいます。そのムラ社会があなたにとって生きやすいのであれば、美しいランを咲かせることでしょう。しかし、そうでない場合は、枯れてしまうということです。

私は、転職予定ですw美しく咲く場所を探していきます!ということで、今日も最後までお読みいただきありがとうございました。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です